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★ http://blog.goo.ne.jp/nobody-loves-you/e/adc6d52cc682807563b3e22a09cb831f
「高貴なウソ(noble lie)」という英語表現がある。人心を統べるためには時にウソもつかなければならないという意味だ。日本語で言うならば究極の「必要悪」といったところだろうか
。
このところ❶ 金融資本主義を延命させようとする米欧の統治エリートたちによる「高貴なウソ」があまりにもひどすぎるように感じてならない。例えば1月22日、欧州中央銀行(ECB)のドラギ総裁は「これからユーロ圏各国の国債を買っていく」と高らかに宣言した。いよいよ米国、我が国に続いて量的緩和に踏み切るというわけだ。ユーロは暴落し、マーケットは大騒ぎとなった。
❷ そもそも「共通通貨ユーロを導入するには厳しい財政規律をクリアしなければダメだ」というルールだったはずだ。だが、量的緩和が始まったことにより、このルールは事実上反故(ほご)にされた。本来ならばこのルールが守られるからこそ、ユーロは価値を保ち、安心して使えるはずなのに、である。「デフレ対策だから仕方ない」と叫ぶドラギ総裁の不敵な笑いが忘れられない。
これに驚いたふりをした米国の統治エリートたちの動きも面白い。私は昨年(2014年)秋にモントリオールで開催された米州国際経済フォーラムに出席した。壇上の一人として最も目を引いたのが、サマーズ元米財務長官だった。ランチの場で講演をした同元財務長官は一度聴いたら忘れられない濁声(だみごえ)でこう叫んだのである。
「米経済は堅調だ。公的セクターに少々債務の問題があるが、大丈夫だ。シェールのおかげでこのまま順調に発展していく」
http://www.web-nile.com/article/article.php?category=03&article=000403
しかし、である。欧州中央銀行が量的緩和に踏み切ったのを見て、サマーズ元米財務長官はこんなコメントを出したのである。
❸ 「このままいくと米国はデフレに転落する危険性がある。FRBは金利引き上げを待つべきだ」――あのモントリオールでの濁声は何だったのかと大笑いしてしまった。
❹ 要するに彼ら米欧の統治エリートたちは大西洋を挟んでボールを投げ合い、マーケットを揺さぶっているだけなのだ。太陽活動の明らかな異変を起点として、北半球では夏場の極端な暑さの裏側で秋冬の寒冷化が激しくなっている。これが人々の免疫力を蝕み(むしばみ)、デフレ縮小化が加速度的に進んでいる。ところが米欧の統治エリートは何としてでも、従来同様にむき出しの力をもってこれを抑え込もうとしているのである。自分で作ったルールを次々に破っては量的緩和に飛び込んでいるのはそのせいだ。逆に言えば「ただそれだけのこと」なのである。
❺ 彼ら米欧の統治エリートの頭の中にあることはただ一つ。「自然(じねん)は必ず力でねじ伏せることができるはず」という確信だ。これこそが西洋という文明の根幹に横たわっているものである。そしてこのように力をもって覇権を握ろうとすることを古来、東洋では「仁侠(にんきょう)」と呼んできた。
❻ だが最後に仁侠は必ず滅び去ることになる。強烈に作用を加えれば、同じだけの反作用が生じるという「復元力の原則」ではじき返されるからだ。したがって米欧による ❼ 「量的緩和」の結末も目に見えているのである。徹底した破綻、いや文明としての西洋そのものの「崩壊」だ。
その瞬間、全く違う原理へと世界は切り替わるのである。自然(じねん)への作用ではなく、それとの合一化を図る東洋、そして我が国古来のやり方である。
❼ このことを「礼」と呼ぶ。あるがままの世界をまずは受け入れることから始まるこの「礼」の世界はデフレ基調となる。
❽ 今起きていることは結局、「仁侠」の西洋から「礼」の東洋への転換だというわけなのだ。
肝心なのは、このあまりにも重大な原理転換を当の私たち日本人自身がリードしていけるかどうかである。その意味で「仁侠」から「礼」へと向かう今、❾ 民族としての私たち日本人の本当の記憶力と実行力が問われている。
http://www.web-nile.com/article/article.php?category=03&article=000403&page=2
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● 高貴なウソ➡はむしろ、嘘も方便が良いでしょう。彼らの嘘を擁護するつもりはないが
東西文明の移行は1620年サイクルの歴史のフラクタルであることから、
いずれは東洋も西洋と似た世界≒歴史を繰り返すという事です。
● 東洋と西洋の転換を,仁侠と礼”という狭い世界でのとらえ方では、歴史の把握は不十分でしょう。
仁侠の世界はいずれ滅びるのは確かですが、それが即東洋の礼になる事は有りません。
● 毛沢東は、文化大革命の最中で自国民を大虐殺した、仁侠の大親分です。中共はむしろ
東洋の代名詞です。北朝鮮も見ての通り、仁侠大虐殺の典型です。
安易に東洋という言葉と礼を混同してはいけません。
● 腹ふくれて礼節を知るのが、動物としての人間の限界です。日本人が今の礼節を保っているのは
日本資本主義の成功のお蔭なのです。戦前はからゆきさん”を世界に派遣して今の
韓国の様に、世界に売春婦を派遣して、外貨獲得に貢献させたのです。
● 飢えた国民を食べさせるために、世界に移民をも送り出したのです。その歴史を忘れて
安易に礼を使用してはいけません。戦国時代は勝てば、相手の全て命から
財産までも奪ったのです。江戸時代は生類憐みの令で、人間よりも
動物の命を上に置き、人の命を軽んじたのです。
● この様な歴史を見れば、安易に仁侠や礼の言葉を、普遍化して使うのは完全な間違いでしょう。
ローマの民主主義も崩壊したように、良い政治制度でも、寿命がありいずれは滅びるのです。
悪”だけが滅びるのではないのです。善”も寿命が来れば滅びるのです。
● 金融資本主義が滅びれば、次は産業資本主義や民族資本主義として生き残り、資本主義は
永遠に続くと書いたのは彼のごく最近のスレッドでした。またUSAも金融資本主義が
崩壊して新しい資本主義として生き残るとも書いたのです。
● それと今回の上記、文明としての西欧の崩壊”という認識とは全く矛盾しています。
文明の移行期で、勃興する東洋の雄である日本が、今腹がふくれて礼節を
重んじているのは確かですが、これも1620年のサイクルから見れば、
いずれは西欧の様になる事は、歴史サイクルが示しています。
● 2138年以降に武人化した日本が、元寇の様に大陸に出ていき、世界戦国時代の雄となる事も
あり得るのです。つまり、今の中共や朝鮮半島の日本攻撃に対する意趣返しとしての
大陸侵攻です。やがて世界の資本主義の雄となる日本の長期未来は仁侠の世界と
なりうるという事です。
● 何故なら作用反作用の法則からは、今の臆病なお人よし日本人は、逆の強い仁侠の精神で
世界にあたるという事です。西欧や中韓朝が今日本を侮っているその意趣返しなのです。
● 擁護するわけではないが、今の西欧の政策が朝令暮改的なのは、ある意味当然の事です。
環境の変化に対応して、よく言えば臨機応変に対処しないと、支配階級と言えども
その地位を維持できないという事です。
● それがあまりにも酷く目立つという事は、時代の末期を意味するのです、つまり、
英米型先進近代資本主義の崩壊なのです。
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