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「宮崎正弘の国際情勢解題」
令和2年(2020)6月1日(月曜日)
通巻第6517号
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インドの「輝かしい未来の発展」シナリオに暗雲
コロナ災禍がもたらした伏流水がGDPを押し下げた
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インド経済が予想に反して、年初来、苦境に陥った。
これまで5%から6%台の成長をなしてきたインドのGDP成長率は市民法への抗議、デモとコロナ災禍によって急減速し、IMFは今年のインド成長予測を1・9%に下方修正した。
世界が、とくに欧米が期待したインド。いずれ中国を抜き去るとの楽観的予測もあった。
人口では間違いなく中国を抜く(2025年に15億人)。しかしインドが製造業を大飛躍させて、サプライチェーンの基軸を中国から奪うというシナリオは望み薄である。たしかにソフトウエア開発ではトップ集団を形成するが、それは数学の天才が多いからであり、 インドの主力であるソフトエンジニアは米国のシリコンバレーで大歓迎されている。
モディ首相がカリフォルニア州を訪問したおり、在加州インド人が六万人も七万人も会場となったスタジアムを埋め尽くした。
ピチャイ(グーグルCEO)らインド系アメリカ人がシリコンバレーを牽引し、政治方面でもたとえばニッキー・ヘイリー前国連大使がいる。また英語が公用語であるために、フィリピンなどと並んでコールセンターとしても重視された。そうはいうもののGDPで中国を抜くことは考えにくい。
国際政治学では「ツゥキディデスの罠」論が持て囃され、インドが浮上したこともあった。
嘗てスパルタ vs アテネのペロポネソス戦争の動機は、大国は新興国の台頭を許さないからだった。しかしスパルタとアテネが疲弊困憊したあと、ローマが台頭したように、米中戦争のあと、インドが漁夫の利を得るというシナリオだが、これも実現性は低い。
インドは基本的に農業国家なのである。
コメ生産は世界一、小麦、綿花でも輸出国であり、コメの種類に至っては百種以上。主力はインディカ米で、ジャポニカは作れない。というのも、耕地を見ると、全土が水不足であり、とくにベンガル地方は湿地帯、農業に適さない。輸出のドル箱=紅茶は北東部に集中している。
▲インフラの未整備と水不足、そして停電
発展を阻む最大の障害はインフラ未整備。この脆弱性がアキレス腱である。交通アクセスが悪いのもインフラ整備の遅れ(道路、水道)。就中、日常的な停電と交通渋滞。
くわえて大気汚染、環境破壊、不衛生、教育の遅れ(貧困層が3億人)等の原因が挙げられる。
13億人の購買力(しかし@GDPは2015ドル)に期待した。
年初来、絶好調に急ブレーキがかかったのは、国民の資力、預金のなさ、消費拡大に貢献したバイクもスマホも月賦での購入だったのだ。
賃金が横ばいとなれば、消費に息切れがおき、ノンバンクのローン破裂が目立つようになった。
中国の鉄鋼ダンピングのため、製鉄でも高炉が止まり自動車生産も急減速となった。ましてやインドでも労賃が上昇したため、繊維などはバングラへ移転した。
インドの西海岸に位置するムンバイとグジャラート州などは対中東、アフリカへの輸出基地でもあり、安部・モディの蜜月関係により、新幹線工事が始まっている。
社会構造をみると、インドは29州からなる連邦国家である。
各州が独自の法律と税制を持ち、強い自治を誇る。なにしろ各州が独自の首相、閣僚を選挙で選び、産業発展のメッカと言われるチェンナイが属するタミルナド州などは露骨に中央政府に逆らう。
酒が典型例になる。インドで酒が飲めるのは限られた州で、国際都市だけだろう。
くわえてヒンズー vs イスラムの根深い対立、文化状況はといえ、お酒が飲めるところはニューデリー、ムンバイ、バンガロール、そしてゴアくらい。外国人にはリカーライセンスが供与されるが、この手続きには一時間ほどかかる。ホテルの滞在証明、パスポートなどが必要である。
ムンバイを中心にボリウッド(ハリウッドの対抗)と呼ばれる映画産業があるが、地方へいくと映画はその州の言葉に吹き替えられる。主要言語が16以上。共通語は英語となるが、インテリ、ビジネスマン以外、英語は通じない。
そのうえインド社会には構造的な矛盾が多多ある。
第一はヒンズー教の戒律があって、カースト制が最大障害である。だからヒンズー教徒のキリスト教、あるいはイスラムへの改宗が増加している。
第二には富と貧困と最貧の問題で、金持ちは御殿のようなきらびやかな住居、広い庭園に住むが、スラムへ行くと、吐き気を催すような臭い、トイレも水道もない。悪臭ただよう閉鎖的な空間に夥しい人々が暮らしている。
第三にインドは民主主義国家だが、政党間の政争にも増して、宗教対立の根深さ(シーク教もイスラムも)がある。
▲それでも日本企業は健闘している
このインドへ進出した日本企業は1072社。筆頭はスズキである。
重要な事実はインドが親日国家であること、そのうえ日本は旧宗主国の英国を抜いて、最大のインド援助国だ。
日本人は大東亜戦争におけるインド独立支援をあげるほかに、お釈迦様の生誕地という近親観がある。しかし正確には言えば、生誕地はネパールのルンビニ、インドは布教と入滅の土地である。
日本人はデリー、ムンバイ、チェンナイで1万名が駐在しており、ジャパンタウンはないけれども、ニューデリーに行けば、居酒屋、寿司屋もあり、いまでは日本料理の食材店もある。
さてコロナ災禍でインドは都市封鎖を行い、それも全土にわたって、三回延長されている。3月25日から全都市の封鎖が発動されたが、感染の拡大はスラムの人口密集地帯だった。狭い住宅、トイレ、水道なし、医者にかかれない赤貧層が最悪の被害者となった。
モディ政権は財政出動を三回行った。
しかし貧困国ゆえに限界がある。3月26日に邦貨換算で2・5兆円の経済対策を発表し、翌日 2・5兆円程度の量的緩和を行い、4月12日には20兆円の追加経済対策を発表した。
インドの夢は経済大国となって、地域のヘゲモニーを掌握することだ。
いずれ「MADE IN INDIA」という戦略が樹立されるだろう。けれども労働力は豊富だが外国企業の進出が鈍く、ハイテク産業は都市部に集中していて、軍需産業梃子入れに偏重が見られる。インド軍は136万人。核保有国である。
こうみてくるとインド経済のネックが顕在化する。
あまつさえ企業活動となると、タタ、リライアンズ財閥の寡占状態があり、宗教的理由で効率労働ができない。まだインド人の性格は約束を守らない。土地の貸借に難儀があることなどが加わる。
▲G7にはインドも招待席へ
しかしインドは地政学的に重要なのである。
トランプは中国封じ込めのためにも、インド支援を明確化し、日米豪「インド太平洋」戦略の要として海軍の演習に力をいれた。
5月30日、フロリダ州の宇宙衛星打ち上げ成功を祝した帰路に大統領専用機でトランプは「G7の六月開催を九月に延期し、このG7にロシア、豪にまじえてインドを呼ぶ」と語った。
トランプ大統領はインドの地政学的重要性を認識しているのである。
南シナ海を我がもの顔で軍事支配する中国は、その魔手をマラッカ海峡を越えて、カンボジアのシアヌークビル港、ミャンマーのチャオピュー港、バングラのチッタゴン港の浚渫を近代化工事を請け負い、さらにスリランカのハンバントタ港を事実上、中国の海軍基地とした。
ついでインドの南西に位置するモルディブの無人島開発を持ちかけ、パキスタンのグアダール港からホルムズ海峡を扼し、アフリカの紅海ルーとの拠点であるジブチには、正式な中国人民解放軍の軍事基地を置いた。
見方によってインドを見事に取り囲み、いずれ海上封鎖が可能な軍事的能力を保有することになるだろう。
このようにしてインドの周囲は中国の「海のシルクロート」となっており、海軍戦略も周辺国を中国が軍港化したため、インド最大の脅威となっている。
そこでトランプは二月に訪印したが、武器購入16億ドル以外に目立った成果はなかった。
国内政治を見渡すと、ガンジー vs チャンドラ・ボーズという政治思想の対立が存続している。
ネルー率いた国民会議派は依然根強い。モディ(人民党)はヒンズー原理主義であり、イスラム敵視にかわりはない。こうした環境の変化があり、複雑な人種構成、社会構造のインドが、ふたたび勢いを取り戻すことが期待されている。
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あわてるな・インドは資本主義の初期の段階。日本が育てれば・やがて中共を抜く。
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