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そうだそうだ!! ロシアに力で奪われた、今度は奪う返す番だ。ガンバレ・頑張れ・がんばれ・中共。

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「宮崎正弘の国際情勢解題」 
令和2年(2020)7月3日(金曜日)
       通巻第6569号  
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 中露国境問題、香港の国家安全法で再び火が付いた
  「ウラジオストクはもともと中国の領土だ」と中国のネット世論
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 ウラジオストクは日本史とも無縁ではない。かつて「浦塩」表現したが、国際的には無政府状態だった時期があり、ロシア、日本、朝鮮、ほか有象無象の「紳士淑女」が群がった。伊藤博文の哈爾浜行きを知って、暗殺に向かう安重根は、このウラジオストクを根城にしていた。

 ウラジオストクの沖合の島のひとつがルースキー島、マリンスポーツやテント村が点在するだけで桟橋からボロ舟がでていた。

 プーチンが「ウラジオの無人島を開発し、APECの会場とする。新都市を造成し、そこで毎年のように「東方経済フォーラム」を開催する」と大号令を発した。
付近の四つの大学を統合し、このルースキー島の宏大な敷地内に「極東総合大学」(学生数四万)を短期で造成し、大学キャンパスの真ん中に聳えるセンターが、APEC以後、経済フォーラムの会場となっている。

ウラジオストクAPECは2012年九月。プーチン、オバマ、胡錦涛、日本からは野田首相(当時)が参加した。
プーチンの得意の絶頂時代、極東シベリア開発が目標だった。

筆者が見に行ったのは2010年の夏、まだ無人島の開発中だった。まずは本島から橋を架ける工事をしていた。島へは船で渡り、四輪駆動のSUVで工事現場などを視察したが、密林をいきなり文明の地に変えようというかなり無謀な工事だから、荒っぽいやり方だった。なにしろ半年は凍結すると工事が中断される。急ぐ必要があった。

新都市造成後、またウラジオストクに行ったが、景観はすっかり様変わりとなっていて、本島から大学へはバスが通じ、総合大学のキャンパスも出入り自由だった。

さて現況である。
7月2日、駐北京ロシア大使はツィッターで「ウラジオストック併合160周年を祝う」とするヴィデオを投稿したところ、中国で一斉に反発、反感、SNSが沸騰した。 
近視眼的にみれば、1991年から開始されたウスリー、アムール河の領土交渉が2003年にまとまり、中露観の領土問題は解消されたはずである。

中露国境は4209キロ、ながらく両国は領土問題をめぐって対決してきた。 
珍宝島事件(ロシア名=ダマンスキー島)では1969年に軍事衝突、旧ソ連兵42名が死亡し、中ソ対立が明らかになった。世界は其れまで中ソ両国は蜜月関係と信じ込んでいたからだ。

これが弐年後のニクソン訪中であり、米国は対ソ封じ込めの楯に中国を利用する戦術を思いつき、一方のソ連は、中国を背後から牽制するためにインドに膨大な軍事支援を本格化させるのである。

寄り道をした。 
ウラジオストクは1860年に三つの条約にもとづきロシアに編入された。
しかし旧名「海参威」(ハイシェンウェイ)をいまも使う中国は、そのセンチメンタリズムからもウラジオストク(東方を征服せよという意味)の名前を受け入れず、中国に地図には、いまも「海参威」の地名が記載されている。

騒ぎ出したのはタイミングが悪かったからだ。
7月1日、香港返還23年記念日に、全人代が前日に可決したばかりの香港国家安全法を施行した。この微妙な時期にロシア大使の無神経なヴィデオ配信に苛立ちが爆発して、ネットでの大騒ぎに発展したのである

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〇 対ロシア戦に多大なるエネルギーを注ぐのだ!! 極東をとれば

  資源もあるし、名誉も回復だ!! 頑張れ・習近平国家主席。


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