★ https://www.msn.com/ja-jp/news/money/食パンが空前のブームなのにパン屋の倒産・廃業が急増している理由/ar-BBZVBYv?ocid=spartanntp
食パンが空前のブームなのにパン屋の倒産・廃業が急増している理由
ダイヤモンド編集部,林 恭子 2020/02/13 06:00
© ダイヤモンド・オンライン 提供 高級食パンブームで「食パン専門店」が激増している Photo:PIXTA
空前の高級食パンブームで、「乃が美」をはじめとする高級食パン専門店が続々と誕生したり、全国各地でパンフェスティバルが開かれたりするなど、人気はとどまるところを知らない。
1世帯あたりのパン年間支出金額(総務省統計局「家計調査」)は、2011年~13年の3年間の平均で2万8912円だったが、16年~18年には3万263円と、この5年で1300円以上もアップするほど、パンは以前よりも確実に食卓で存在感を増している。
これならさぞかしパン屋はどこも潤っているのだろう、と思うかもしれない。しかし、実のところ業界全体で見ると、厳しい状態に追いやられている。帝国データバンクの調査によると、パン製造小売業の倒産件数が、2019年になって急増しているのだ。
2019年から倒産が急増!
苦境に陥った5つの理由
「実は、大手ベーカリーチェーンや地域のベーカリーは苦戦気味です。参考値になるものの、2015年には10件だった倒産件数は、16年に15件、17年18件、18年15件とこの数年はほぼ横ばいで推移していましたが、19年は31件と急増しています」
こう語るのは、帝国データバンク東京支社情報部情報取材課の伊佐美波氏。31件は少ないと思われるかもしれないが、同調査は「パン製造小売」を主業としている全国756社(法人、個人営業)を対象にし、さらに負債総額1000万円以上の法的整理を行った倒産会社を集計したもの。負債総額1000万円以下も含めれば、さらに数が増える可能性がある。
「この数字は倒産件数のみです。一般的にいわれているのが、休廃業・解散の件数は倒産件数の3倍程度です。データに表れないものも含めれば、倒産件数より多くのパン製造小売業者が、破綻に追い込まれている可能性があります」(伊佐氏)
空前のブームによって好調に見えるパン業界で、なぜ倒産や休廃業が相次いでいるのか。
まず考えられる1つ目の理由が、同業他社との競争激化だ。高級食パン専門店など、パンブームによって新たに参入してくるパン製造小売業者は増加。たとえ立地がよかったとしても、新規店に客が取られるなど影響はばかにならない。
2つ目が、コンビニなどの異業他社の台頭だ。近年コンビニパンの品質が格段に向上したうえ、セブン-イレブンが展開する「金の食パン」のようなプレミアムパンは、コンビニで買い物する際、ついでに購入できる気軽さとおいしさが受け、既存のパン屋から着実に客を奪っている。
3つ目が、人件費や原材料費の高騰、そして固定費負担の増加による採算の悪化だ。人手不足で人件費が高騰してアルバイトなどを雇えず、さらに原材料費が高騰しても地元密着店舗では、客を思ってなかなか値上げに踏み切れないケースもある。
4つ目が、薄利多売のビジネスモデル。パンはもともと利益率が低く、多品種大量生産をすることで、なんとか売り上げを維持してきた。しかし、売れ残りが出てしまうのが現実で、「商品の10~20%が廃棄される店舗もある」(冷凍パン宅配サービスを展開するパンフォーユー・矢野健太代表)など、多品種大量生産のデメリットも大きい。
そして5つ目が、店主など代表者の病気や死去で事業を続けられないケースだ。帝国データバンクのデータ(2017年度)によると、パン製造小売業者は売上高1億円未満の小規模事業者が全体の61.9%を占めており、家族経営の店舗も多い。しかし、後継者となるような子どもは地元を離れていたり、別の仕事をしていたりと後継者不在は深刻だ。そうなると、高齢の店主と妻がパン製造と販売という2つの重労働を続けるのが難しくなり、廃業の道をたどることになる。
「2019年の倒産企業のうち、創業3年未満は10%弱で、30年以上が35%以上」(伊佐氏)であることからも、長年パン屋を続けてきた店主の高年齢化や後継者不足が倒産や廃業に大きく関係していると考えられる。
そんな店主の高齢化などによって廃業直前に至っていたり、1人での重労働で追い込まれたりしていたパン屋が群馬県にあった。
重労働を強いられるパン屋の現実
高齢化、1人で営業が重い負担に
群馬県東部の街、桐生市にある「アン・フルーレ」の赤石清安さんがパン屋を開いたのは、およそ22年前。毎朝6時前には起床して店に入り、夜8時までパンを焼く日々を続けてきた。その後、体力などの問題から2011年からは土日営業のみに。とはいえ、土日以外も営業日のためにパンの仕込みをしていたそうだ。
そんななか、5年前に夫婦ともに62歳を超えた頃に体調を崩し、店舗の営業を辞めて、お得意様にだけパンを焼いたり、地元の大学などにパンの実習をするといった仕事のみを行うように。しかし、2年前にはそれらもすべて断り、完全に廃業しようと考えていたという。
「機械も老朽化していたし、アルバイトの子が結婚したタイミングで、ちょうど潮時かなと。子どもは東京で働いていますし、後継者もいないので、全部辞めちゃおうと思っていました」(赤石さん)
同じく群馬県の伊勢崎市で、ケーキ&ベーグルのお店「アンフィーユ」を営む雨笠加世子さんは、1人でケーキとベーグルの製造と販売をするだけでなく、小さな子どもの世話と親の介護を行っていた。
朝4時に起床して仕込みを開始。6時には仕事の手を止めて、自宅で子どもと親の世話をし、その後、再び準備を進めて11時のオープンを迎える。1人で切り盛りするため、営業中は製造と接客のどちらも行わなければならない。
「週3日の営業ですが、店休日は仕入れや仕込みもあります。5年前からは収入や認知度を高める目的で、日曜日に移動販売車で地元のパン祭りなどのイベントなどに出向いて販売することも。なので、子どもと休みにゆっくり過ごす時間はあまりありませんでした」(雨笠さん)
パンを冷凍する方法で
廃棄ゼロ、時間にも余裕が
このような厳しい状況に置かれるパン屋を救う1つの策として、あるサービスが生まれている。それが、冷凍パンのサブスクリプションサービス「パンスク」だ。
パンスクとは、地域のパン屋から仕入れた冷凍パンを、オフィスや個人向けにサブスクリプションモデルで卸すサービス。これによって、同社が厳選した全国各地のパンをオフィスにいながら味わうことができる。
このサービスの肝は、「焼きたてのパンを冷凍している」こと。パンスクで届いたパンはすべて冷凍されており、電子レンジで30秒ほど温めるだけで焼きたての食感と香りを楽しめる。同サービスを展開する、パンフォーユーの矢野健太社長は、秘訣をこう語る。
「私たち独自の冷凍技術をパン屋さんにお伝えし、さらに冷凍パンは価格が通常の約10倍もする特別な袋に入れることで、焼きたての味を十分に密封できるようになっています」
今年2月からのネスレとの提携をきっかけに、2020年中にパン屋30店以上と取引を行い、パンスクの導入企業数は1000社以上になる見込みだ。そんなパンスクに、先ほどの赤石さんはパンを2年ほど前から卸している。まさに廃業直前、その噂を聞きつけたパンフォーユーの担当者に声をかけられたという。
「月に2~3種類のパンを合計2000個前後卸しています。毎月末には翌月の発注が決まるため、予定が組みやすく、今では作業する日は朝10時からお昼までやって休んで、その後2時くらいから夕方までパンを焼けば、60代後半の私1人でも十分回せるようになりました。規模は昔の10分の1程度ですが、作っては冷凍するので、時間にせかされて作業する必要はありません。
一番うれしかったのは、これまでは時間がなくてできなかったパンの『発酵』の実験ができること。試行錯誤して作ったものを提案して、実際に卸すこともあります」(赤石さん)
同じく雨笠さんも、もともとお店のファンだったパンフォーユーの担当者に声をかけられ、現在は月に1000個ほどのベーグルをパンスクに卸すようになった。
「これまでは卸をしていなかったのですが、パンスクに卸すようになって売り上げが安定し、日曜日の移動販売も無理をして行う必要がなくなりました。今は気分転換で行く程度で、子どもと過ごす時間が増えています。また、以前は1日20~30個のベーグルを廃棄することもありましたが、これをきっかけに自分の店でも冷凍ベーグルを始めて廃棄はほぼゼロになりました」
朝早くからさまざまな種類のパンを大量に焼き、その日のうちに売れないものは廃棄されるのが当たり前だったパン業界。確かに他社との競合は激しく、商品を新たに生み出したり、改良したりし続けなければ生き残れない群雄割拠の状況だ。
しかし、地域住民から求められながらも、人手不足や高齢化、大量の廃棄などの問題で倒産や廃業に追いやられるパン屋には、「冷凍」や新たな技術、アイデアなどを活用しながら、無理なくビジネスを続けられる仕組みが求められている。
(ダイヤモンド編集部 林 恭子)